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東京地方裁判所 昭和28年(行)3号 判決

原告 中野ちよ

被告 東京都知事

主文

被告が昭和二七年一一月二九日原告がさきに換地分割承諾書を提出してした換地予定地指定処分変更申請を却下した処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告が昭和二七年四月一二日附で訴外人たる不動産建築株式会社、平松弥作、高藤宇一、宮川守男、永沢ウラ、中井ひづ、堀場定蔵と連署で被告あてに東京都第四復興区画整理事務所に提出した同都北区豊島一丁目一九番地の八、二〇番地の二ないし一〇、一三、二一番地の二、一二、一三、二五番地の一三を分割譲渡した旨の換地分割承諾書を提出してした換地予定地変更申請に対して、被告が同年一一月二九日これを却下した処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

被告は、昭和二五年六月五日、当時訴外寿土地株式会社(昭和二四年六月一四日合併により訴外不動産建築株式会社に権利義務が承継された。)の登記簿上所有名義であつた同都北区豊島一丁目一九番地の八、二〇番地の二ないし一〇、一三につき、同会社に対して、及び訴外平松弥作の登記簿上所有名義であつた同一丁目二一番地の二、一二、一三、二五番地の一三につき右平松に対して、それぞれ一括換地予定地の指定処分をした。右各通知は、訴外会社に対しては昭和二五年一〇月一一日、右平松に対しては同年一二月二八日送達された。

しかし前記二〇番地の二ないし一〇と前記二〇番地の一三とはこれより先同年四月一七日合筆され、二〇番地の二の一筆となり、更に二〇番地の二ないし六に分筆されて、右五筆の土地は、それぞれ右訴外会社から宮川守男、永沢ウラ、原告、中井ひづ、堀場定蔵に譲渡されていた。また前記二一番地の二も、昭和二六年二月二四日二一番地の二、一六、一七、一八に分筆され、前記平松から原告らに分割譲渡された。

そして原告ら五名は、前記換地予定地につき各自の坪数、境界線等につき協議した結果、次のとおり分割所有するように協定し、それぞれその旨登記した。

宮川守男

二〇番地の三、二一番地の一六

合計 四二、五三坪

永沢ウラ

二〇番地の二、二一番地の一七

右に同じ

原告

二〇番地の四、二一番地の二、一二、一八

合計一一二、二九坪

中井ひづ

一九番地の八、二〇番地の六、二一番地の一三、二五番地の一三

合計 四九、七二坪

堀場定蔵

二〇番地の五

三四、三四坪

なお、一九番地の八は、原告が右訴外会社から買受けた土地であるが、未登記であつたところ、右会社の関係者たる訴外高藤宇一名義の登記がなされ、関係者当事者間で協議の結果、右中井の所有名義に変更登記された。

そこで、原告は右協定の結果に基き右宮川らと連署のうえ、請求の趣旨記載のように、昭和二七年四月一二日被告に対して、換地予定地指定変更申請の主旨のもとに換地分割に関する承諾書なる書面に図面を添付して提出したところ、被告は、右書類の受理を拒否して、同年一一月二九日東京都区画整理第一一地区出張所長より前記高藤宇一あてに右書類を返却し、原告らの右書類に基く換地予定地指定変更申請を却下したのである。そして右却下処分は原告に対して通知されず、右高藤宇一に対して通知された。

しかしながら、右変更申請は、関係当事者間の合意に基き、特別都市計画法第二三条第一項によつてなされたもので、被告はこれに拘束され、これを却下することは法律上許されない。

よつて、被告が原告らに対してした前記却下処分の取消を求めるため、本訴に及んだ。(立証省略)

被告指定代理人はまず本案前の答弁として、「原告の訴を却下する。」との判決を求め、その理由を次のとおり述べた。

原告は、「原告らが昭和二七年四月一二日附で被告に提出した承諾書と題する書面で換地予定地指定変更願の主旨を有するものを、被告は却下した。」と主張するけれども、右書類は、これを被告が受理すべき法令上の根拠がないものであり、被告がこれを申請者に返戻したのは、単なる事実行為にすぎず、却下という処分をしたものではない。

原告は右承諾書は、特別都市計画法第二三条に基く書面であると主張するけれども、同法第二三条は、清算金の徴収、交付のみに関するもので、本件についてはこの段階に至つていないのであるから、本件において同条適用の余地はない。のみならず、右書類は提出者のうちの二人中井ひづ、不動産建築株式会社の代理人高藤宇一が右書類の返戻を求めたので、これを返したにすぎない。

このように、被告は原告主張の却下処分をしたものではないから、本件却下処分を求める訴は、その対象を欠くものであつて、原告は訴を提起する利益を有しないのである。よつて本件訴は却下さるべきものである。

このように述べ、つぎに本案に対する答弁として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の主張に対して、その主張事実中、被告が昭和二五年六月五日原告主張の各土地につき、登記簿上の地番及び所有名義に従つて、寿土地株式会社(不動産建築株式会社と改称且つ清算中)及び訴外平松弥作に対して換地予定地の指定をしたこと、その後昭和二五年四月より昭和二六年四月の間において右両名所有の土地がそれぞれ原告主張のとおり分合筆されたうえ、原告、訴外宮川守男、同永沢ウラ、同中井ひづ、同堀場定蔵に分割譲渡され、原告外四名の所有土地が原告主張の協定のとおり定められ、それぞれその旨登記されたこと、原告らが昭和二七年四月一二日附で被告に対して原告主張のように承諾書と題する書面を東京都第四復興区画整理事務所に提出したこと、被告(東京都区画整理第一一地区出張所長)は原告主張の日に訴外高藤宇一あてに右書類を返戻したことは、いずれも認める。原告主張のその他の事実は争う。(立証省略)

理由

一、本件の事実関係

被告が昭和二五年六月五日原告主張の各土地につき、登記簿上の地番及び所有名義に従つて、訴外寿土地株式会社(不動産建築株式会社となり、かつ清算中)及び訴外平松弥作に対して、換地予定地の一括指定をしたこと、昭和二五年四月より昭和二六年四月の間に、右両名所有の土地がそれぞれ原告主張のとおり分合筆されたうえ、原告外四名の者に分割譲渡され、その旨登記されたこと、原告らが昭和二七年四月一二日附で被告に対して原告主張のとおり承諾書と題する書面を東京都第四復興区画整理事務所に提出したこと、東京都区画整理第一一出張所長は原告主張の日時訴外高藤宇一あてに右書類を返戻したことは、当事者間に争いがない。

証人堀口作太郎、同藤原貞男の各証言を綜合すれば、換地分割に関する承諾書と題する書面は、実際上換地予定地指定変更願の趣旨を兼ね、その内容が著しく不合理で区画整理施行者に影響のある場合を除き、おおむね右変更願のとおり換地予定地の変更処分が行われていることが認められ、他にこれをくつがえすに足る証拠はない。

従つて原告が被告に対して提出した前記換地分割承諾書も、特段の事情なき限り、実際上は換地予定地指定処分の変更申請の趣旨をも兼ねた書面であると認めるべく、原告もかかる趣旨のもとに右書面を提出したものに外ならない。

二、被告の本件換地分割承諾書の受理義務及び従前の一括換地予定地指定処分の変更義務の有無。

そこで、本件のように、一括して換地予定地の指定のあつた土地について分割譲渡が行われ、譲受人たる原告らが譲渡人と連署のうえ、区画整理施行者たる被告に対して右換地分割承諾書を提出した場合、被告はなんらかの義務を負担するのであろうか、以下この点について当裁判所の判断を述べる。

(一)(イ)  従前の土地と換地予定地との関係。

特別都市計画法に基く区画整理において、換地と従前の土地との関係については、同法一条一項都市計画法一二条耕地整理法一七条三〇条が、換地は換地処分が終局的に効力を発生する換地認可告示の日から従前の土地と同一視さるべきことを明らかにし、また換地予定地と従前の土地との関係については、特別都市計画法一四条一項が、換地予定地指定処分により、右指定の通知を受けた日の翌日から換地認可の日に至るまで、換地予定地につき従前の土地に対すると同一内容の使用収益権を法律上当然に取得するとともに従前の土地の使用収益が禁ぜられる旨定めている。このことは、従前の土地に対する権利は、換地処分が終局的に確定するまで、観念的には依然として従前の土地に存在し、換地予定地指定処分によつてなんら変動を生じないものであるけれども、従前の土地上の具体的権利内容たる使用収益が停止される反面、換地予定地上に同一内容の使用収益の権能を持つに至り、従前の土地に対する権利の内容をなす使用収益の権能が換地予定地上に移行したと同様の結果となることを意味する。

(ロ)  換地予定地の一括指定を受けた土地の分割譲渡の法律上の性質。

かかる観点に立つならば、換地予定地の指定のあつた土地についての売買は、実際上右予定地の地位、地積等に着目してなされたとしても、法律的には右土地に表象される従前の土地上の権利を目的とする売買に外ならないと解しなくてはならない。(ただ従前の土地に対する使用収益が停止される関係上、これと同じ使用収益の客体となる換地予定地の利用関係が当事者間で協定されるにすぎない)従つて本件のように、換地予定地の一括指定を受けた土地が関係当事者間に分割譲渡された場合において、法律上それは、従前の土地上の権利移転を目的とする分割譲渡が行われたものに外ならないのであつて、右権利移転に照応して換地予定地上の使用収益の状態に変更を生じたものにすぎない、と解すべきである。

(二)(イ)  換地予定地指定処分の主旨。

ところで換地予定地指定処分は、従前の土地を使用収益する正当な権原ある権利者に対して、従前の土地についての使用収益を停止させ、換地予定地上にこれと同じ使用収益をなし得る権能を付与する公法上の処分であつて、使用収益に関する限り、換地予定地上に従前の土地の権利関係に照応した状態をつくりだすことを法律が特に認めたものに外ならない(特別都市計画法一条、一三条、一四条都市計画法一二条二項、耕地整理法三〇条、なお東京都においては東京特別都市計画事業復興土地区画整理施行規程六条)、従つて区画整理施行者が従前の土地を使用収益すべきなんらの権原なき者に対してした換地予定地指定処分は、従前の土地の真実の権利関係に符合しないものとして、当然無効であるといわなくてはならない。けだし換地予定地指定処分は、右処分のみが、もつぱら従前の土地についての権利を変更、消滅させる効力を有する行政庁の一方的形成処分ではなく、従前の土地の権利関係を前提とする行政庁の処分に外ならないからである。

(ロ)  特別都市計画法施行令四五条、同法一四条二項の法意

更に特別都市計画法施行令四五条は「耕地整理法第三十三条の規定は、法第五条一項の土地区画整理において、従前の土地でその全部または一部について所有権以外の権利で登記のないものの存するものに対して換地の交付をなす場合にこれを準用する。但し第十条の告示(土地区画整理施行地区の告示)のあつた日から一箇月以内に権利者が権利の存する土地所有者と連署し、又は権利を証する書類を添附し、書面を以て整理施行者に権利の種別及びその目的たる土地の所在を届け出ない場合は、この限りでない」。と規定し、更に特別都市計画法一四条二項は「従前の土地の関係者が……使用収益をなすことができる換地予定地の範囲は、前条第二項による通知(換地予定地の指定通知)と併せてこれらの関係者にこれを通知する。」と定め、所有権以外の未登記権利者は、区画整理施行者に対し、その権利について同法施行令四五条但書所定の届出を要することとし、他面施行者は右届出があつた場合、換地予定地の指定通知とともに従前の土地の使用収益の範囲を指定して(特別都市計画法一条、都市計画法一二条二項、耕地整理法三三条)、これらの関係者に通知することとし、従前の土地の所有者及び関係者の使用収益し得べき換地予定地の範囲は、整理施行者において、これを明確にしなくてはならないことを示している。(なお、東京都特別都市計画事業復興土地区画整理施行規程一九条一項は、「整理施行者に対し権利申告をなした後において土地、建物又は工作物に関する権利について、異動を生じたときは、当事者双方連署して遅滞なく、整理施行者にその旨を届出なければならない。この場合において連署を得ることができないときは、その事由を記載した書面及びその権利の異動を証する書類を添附しなければならない。」と規定している。)

(三)  換地予定地指定処分の変更を求める法律上の利益。

つぎに特別都市計画法二四条の二によれば、終局の換地処分が確定するまでの間に、区画整理地区の土地に関する所有権の譲渡を受けた者は、清算金の概算交付を受け得る法的利益が与えられている。従つて換地予定地の一括指定を受けた換地予定地の分割譲渡を受けた原告らが、連署のうえ、整理施行者たる被告に対して、換地予定地変更申請の趣旨のもとに前記換地分割承諾書を提出することは、整理施行者たる被告に換地予定地指定処分の変更について権限の発動を求め、改めて換地予定地の指定を受けることにより、換地予定の利用関係を確定させる利益があるとともに、同条項によつて清算金の概算交付を受ける権利を取得する利益がある。

(四)(イ)  被告の本件一括換地予定地指定処分変更義務。

従つて右に述べた諸点(二の(一)(二)の各(イ)、(ロ)、(三))を綜合して考察するならば、一括して換地予定地の指定があつた土地が当事者間に分割譲渡された場合、関係当事者は連署の届出によつて予定地指定処分の変更を求める利益を有し、整理施行者たる被告はかかる主旨の換地分割承諾書が提出され、従前の土地の権利について異動の届出がなされた場合、原告らの現在における従前の土地上の権利関係の存在及び範囲に適合しない既往の換地予定地指定処分を変更すべき義務があるものと解するのが相当である。

(ロ)  被告は本件換地予定地変更申請の内容に拘束されるか。

しかし、現行法規を精査しても、右換地分割承諾書を整理施行者に提出することによつて、直ちに従前の指定処分に基く土地使用の内容を変更させる形成的効果ないし法律関係確定の効果を生じ、整理施行者が右書面の内容どおり、従前の指定処分を変更しなければならない旨の法令上の根拠を見出すことはできない。(もつとも実際においては、右書類の内容が著しく不合理で区画整理施行に支障を来たすおそれのある場合を除き、おおむね当事者の変更申請のとおり換地予定地指定処分の変更されていることは前認定のとおりである。)従つて被告は、前記換地分割承諾書を提出された場合、従前の一括換地予定地指定処分を変更すべき義務を負担するけれども、右書類による換地予定地変更申請の内容にまでことごとく拘束されるものではない。と解すべきである。

(ハ)  被告の本件換地分割承諾書受理義務。

また、前記換地分割承諾書が単なる通知行為としての届出書たるにとどまらず、換地予定地変更申請の主旨の書類であつて、整理施行者たる被告に対し提出された以上、被告としては従前の一括換地予定地指定処分を変更すべき拘束を蒙ること右に述べたとおりとすれば、被告が右換地分割承諾書を受理すべき義務あることはいうまでもない。

三、原告の主張に対する判断。

なお、原告は、「右換地分割承諾書は特別都市計画法二三条一項により換地予定地変更申請の趣旨のもとに関係当事者間の合意に基き作成されたもので、被告は右変更申請に拘束さるべきである。」と主張するが、本来同条は、換地処分確定後、土地に関する権利について清算金が徴収または交付さるべき場合に、その土地に関する権利の譲渡の届出が整理施行者に対する対抗要件となるという主旨の規定であつて、同条が適用されるのは、換地の権利関係が区画整理施行者との間において既に確定し、その者との間に金銭的清算を残すのみとなつている段階においてである。従つて換地確定後その土地の権利が任意処分された場合に、土地の権利の帰属者と金銭的清算の当事者との間に生ずる不一致を調整するための手段として前記法条が設けられたにすぎない。故に換地予定地変更申請の主旨たる前記換地分割承諾書が同条による届出にあたるものとは到底解しがたい。

四、被告の本件換地分割承諾書返却行為の性質。

従つて本件において、整理施行者たる被告は、原告らから本件換地分割承諾書による換地予定地変更申請がなされた以上、その内容に拘束さるべき理由はなくとも、右書類を受理し、かつ従前の一括換地予定地指定処分を変更し、換地予定地の利用関係を明確ならしめる義務があるものと解すべきであり、被告が右換地分割承諾書の受理を拒み得ないものであるから、これを受理することなく、申請者の一人に返却した行為のごときは、単なる右書類の不受理という不作為にとどまらず、原告らが被告に対して右書類をもつてした換地予定地指定処分変更申請を積極的に排斥する黙示の意思表示に外ならないと解される。よつて右申請を却下する処分があつたものとみなすのが相当である。(被告は「本件換地分割承諾書は被告においてこれを受理すべき法令上の根拠なく、被告がこれを申請者に返却したのは単なる事実行為にすぎず、却下処分をしたものではないから、本件訴は抗告の訴訟の対象を欠き不適法である。」旨主張するけれども、既に述べたとおり、右書類は被告において当然受理すべき性質のものであつて、被告がこれを申請者に返戻した行為は、原告らがこれを提出することによつて受くべき権利ないし法的利益を全面的に拒否し、右書類に基く換地予定地指定処分の変更申請を却下する処分にひとしいから、これを単なる事実行為とみる被告の主張は是認しがたい。)

五、結論

以上説明したとおり、被告が原告らの本件換地分割承諾書による換地予定地変更申請に対し、前記義務を負うのに、右書類を受理することなくこれを申請者に返却し、もつて右書類による原告の申請を却下した処分は明らかに失当であるから、これを取消すべく、原告の本訴請求は結局正当としてこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法一条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 粕谷俊治)

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